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サントリーの山崎蒸留所に行って来ました。
京都駅から電車で15分程度。
以前にも行こうとしたけど、結局行けずに終わってたのでようやく時間ができて行ってみました。
まずは蒸留所見学。
発酵する機械や蒸留する機械を見てきました。
けっこうでかいです。
見たとき、なんとなく「頭の伸びたメタルスライム」などと思ってしまった。
このメタルスライムから発せられるアルコールのせいで、室内にいるだけで酔いそうだった。
その後は「山崎12年」と「白州12年」の無料試飲。
山崎は男性、白州は女性をイメージして作られたらしく、山崎のほうはどっしりとして白州は軽やかな感じ。
どちらも日本人向けな香りで、クセも少なく飲みやすい。
その後はお土産コーナーで解散。
テイスティングカウンターで世界のウィスキーの有料試飲が楽しめます。
ボトル一本は高いけど、15mlならお安く飲めます。
が、そこはウィスキー。
度数の都合上、そんなに多くは飲めないのが残念。
誰かと一緒なら、分け合っていろいろ飲めるんだろうけど。
記念として、「ニューポット」と「響30年」を飲んでみました。
ニューポットは樽で寝かせる前の、生まれたてのウィスキーのこと。
無色透明で味と香りが強烈。
これを飲むと樽での熟成のすばらしさと必要性がよくわかります。
で、一度は飲んでみたかった響30年。
ボトル一本買おうものなら諭吉さんが10人飛んで行きます。
とても手が出せないけど、試飲ならなんとか。
でも15mlで2000円。まあ、せっかくなので。
味や香りの基本は響17年と同様だけど、後味と香りに格段の違いがあります。
熟成の力はすごいです。
でも、やっぱり高い。80:20の法則が感じられます。
17年でも十分おいしいしね。
おみやげに買った「マッカラン12年」と「ボウモア12年」のミニボトル(50ml)は家でゆっくりと味わいました。
マッカランは王道といった感じ。
ボウモアはヨード臭が強くてちょっと・・・。アイラモルトは僕には無理です・・・。
日本の「余市」も飲んだことあるけど、やっぱりシングルモルトはクセが強いというか、トゲがあるというか、僕はブレンディッドの方が好きですね。
シングルモルトにせよ、ブレンディッドにせよ、日本製のウィスキーはスモーキーフレーバーが控えめで飲みやすく、味も繊細な気がします。
ウィスキーというとスコッチとかバーボンが有名ですが、日本のウィスキーもけっこういいと思いますよ。
花粉症のおかげで目がかゆい・・・。
寝てたら鼻づまりで口で息してたらしく、喉が痛い・・・。
今年の花粉は少なめとはいえ、やっぱり嫌なものです。
さて、健康管理の一つの方法として、日々の記録をつけるというものがあります。
基本的に健康な人はいいんですけど、しょっちゅう体調崩したり特定の症状があらわれるという人には重要。
睡眠時間や食事に加えて、その日のできごとや心境もメモしておく。
そうすると、不規則に発症しているように見えて、実はなんらかのパターンがあったりするらしいです。
特定のものを食べたとき、睡眠時間が~時間未満だったとき、ストレスが多かったとき、etc・・・。
そのパターンから原因を探っていけば、薬なしでも治療ができるようになるケースも多いのだとか。
しょっちゅう発症する人の場合は、それを毎回薬で抑えていると薬の副作用で別の症状がでてしまったり。
で、その症状を抑えるためにまた薬を飲んで・・・。
という悪循環をしてしまうらしい。
「薬をやめることもまた一つの治療法」らしいです。
いい医者ならそういうことも教えてくれますが、悪い医者だとずっと薬を出し続けて飼い殺しにされることもあります。
薬はあくまで一時しのぎであって、慢性化すると身体の本来の機能を乱してしまいます。
病院にいくと簡単に薬がでてきますが、あれは商売的な意味もあって、飲まなくてもいいような薬を処方されるときもあります。
飲む前に処方された薬を自分で調べて、本当に必要なのか、副作用はどういうものがあるか、調べてから使いましょう。
で、怪しかったら医者に問いただしてみましょう。
病院とはいえ、多くの人を相手にすれば全員に対して丁寧な治療をすることは難しいと思います。
こちらにとっては一人の大事な医者でも、むこうにしてみればこちらは多くの患者の中の一人にすぎないのですから。
自分が一般の人であれば、適当に扱われている可能性は十分にあります。
あまり信用しすぎないようにしましょう。
医者といっても見知らぬ他人。
そんな他人に自分の身体を無条件であずけるのはどうかと思います。
自分の身体なのだから、ある程度は自分で管理できるようにしておきましょう。
薬を使わなくても、人間の身体が本来持っている機能を活かせば治せるものは案外多いものです。
よきプレイヤーが必ずしもよきリーダーになれるとは限らない。
プレイヤーに求められる能力とリーダーに求められる能力は別物。
プレイヤーとして努力するだけでは上に立つ人間としては不十分。
自分のことに加えて、上に立つものとしての人間的な努力も必要だと思う。
少なくとも、 僕が敬意を持てた人は技術だけの人間ではなかった。
逆に、リーダーとしての能力を磨けば自分より優れたプレイヤーを導くこともできるのである。
リーダーが必ずしも最優秀プレイヤーである必要はない。
他の人の能力を引き出したり、まとめたり、リーダーとしての能力があればいいのである。
その場合、「自分より優れた部下」というものに耐えるだけの強さも必要となる。
立場を利用して自分を守ろうとしたり、相手を攻撃したりしてはいけない。
サークルに所属していたとき、自分の技術の向上はもちろんのこと、上回生として求められる能力も気にしていた。
ただ自分がうまく弾ければいいというものではない。
それに、経験者など自分より上手い人を指導しなければならないときもある。
そんなとき、自分の方が下手だからといって放棄するわけにはいかない。
たとえ相手の方が優れたプレイヤーであっても、どうにかして相手の力を上手く引き出すことが大事だと思っていた。
そんなことを思いながらも、サークルの中でこれといって何もできなかった自分が情けない。
次にそういう立場になるときがあったら上手く実践したいと思う。
いわゆるチョコレートの日。
そんなの無視して飲んでたりして。楽しかったからいいんだよ。
年取ってくるとイベントとかあんまり気にならなくなってきますね。
いいのか悪いのか。
プレゼントって、あげたいときにあげたらいいような気もしますけどね。
何かの記念日とかにあげるのはもちろんいいと思いますけど、逆にそれ以外のときには何もなしっていうのはどうかと。
特定の日にこだわりすぎると、日常がおろそかになるような・・・。そうでもないのか?
もう少し人と関わらないとダメだなぁ~と思う今日この頃。
でも、最近やることが多くて。なんで春休みなのに徹夜とか日常になってるんだろ。
まあ、なにごとも興味のあるうちに学んでおかないと。今しばらくがんばろう。
ぜんぜん関係ないけど、しばらく前からテレビ番組の「オーラの泉」をよく見てます。
江原さんはあんまり好きじゃないけど、美輪さんが好き。
で、なんでこんなこと書いてるかというと、次週のゲストは村治佳織なんですよ。
次週予告でアルハンブラ弾いてる映像があった。
というわけで、スピリチュアルとか興味ない人も見てみてはいかがでしょうか。
消しゴムを見てふと思う。
「間違ったもの、汚いものは消しゴムで消して新たに書き直す。」
これって教育上よくないのではないだろうか?
間違っても消せばいい、後で直せばいい。
そんな考えを小さいときからもたせるのはどうなんだろ?
テレビゲームは何度でもリセットできるからヴァーチャルと現実の区別がつかなくなっている子供は現実でもリセットがきくものと勘違いしやすい、とかいう意見を聞いたことあるけど消しゴムだって同じことではないのかな。
訂正するときは二重線で訂正して、間違ったところはどこがどう間違えてどう訂正したのかがわかるようにするという習慣は小さいときからつけておく方がいいと思う。
大学の実験でもノートにメモや記録をとるが、消しゴムの使用は禁止されてる。
たとえ間違った記録でも、あとで考察するときに使えることもあるから、学習する上では間違った記録も必要なのだとか。
それに、他の人が見たとき、先人がどこで間違えたかがわかるということも大切な意味がある。
僕が万年筆を使うようになったのは別にこんなことを考えたわけではなく単に手が疲れにくいからという理由からだったが、シャーペンのときより確実に頭を使うようになった。
修正できないから一文字一文字に気を使うし、全体のレイアウトも考えながら書くことになる。
消しゴムは便利かもしれないが、その便利さが先のことをよく考えない行き当たりばったりの習慣を作る原因の一つになっているのではないか・・・というのは考えすぎか?
でも、人生に消しゴムはないよね。
